暮らしの素

格安スマホを使って家計を助ける方法をお伝えします。家計簿の続け方や時間を有効に使う方法なども書いています。

2018年09月

いいものを口にすると気分もプラス、潤いも豊かに

毎朝ヨーグルトを食べています。バナナを一口大にカットしてプレーンのヨーグルトをかけて、その上にチアシードを少し乗せて、更にハチミツを少々。

実はプレーンヨーグルトは手作りのカスピ海ヨーグルトで、最初のタネは15年以上前に友人からいただきました。

2、3日に1度の間隔で、タネヨーグルトを小さいどんぶりくらいの容器に入れ、牛乳を加えて半日常温で置いておくと新しいヨーグルトができ上がります。

それを繰り返し繰り返し、なんと気が付いたらこんなに年月が経っていました。

我ながらよく続いてるな~と思います。

あ、今回はヨーグルトではなく、そこにかけるハチミツの話でした。

実を言うと、今までケチってハチミツを買わず、お砂糖をちょこっとかけて食べていた時期もありました。

あるいは、買ったとしても中国産の本物でない(?)ハチミツとか、やたら安いものを選んで買ったりしたこともあります。

でも、ある時、ふと思いました。

毎日口にするもの。でもそんなに大量に必要なわけではないのだから、ちゃんと良いものを買おう!って。

そこで【セブンプレミアム・アルゼンチン産純粋はちみつ】を買ってみたところ、とても気に入って先日2本目を購入しました。

セブンプレミアムの純粋はちみつ

200グラム入って473円(税込み)です。一般的に売られている一番安いものと比べると単位当たりで倍くらいの値段しますが、容量が小さ目なので、それがかえって気軽に買える値段になっていると思いました。

味は、独特な臭みもなく、オーソドックスで食べやすい味で、ヨーグルトやトーストしたパンに付けて食べるのにピッタリです。

私は、毎朝使う度に、「少し高くても買ってよかった」とちょっとリッチな気分も味わっています。

その理由は、何と言っても容器がとても使いやすいのです。

今まで使ったハチミツは残りが少なくなるとどうしても使いづらく、容器の注ぎ口を下にしてマグカップに突っ込んで置いてみたり、逆さにして振ってみたりと手間がかかっていました。

ですが、この【セブンプレミアム・アルゼンチン産純粋はちみつ】の容器、はじめから注ぎ口が下になっていて、最後まで同じように使いきれるように出来ています。

セブンプレミアムの純粋はちみつは容器が画期的

だからといって、使っている途中で漏れてくることもなく、カチッとフタが閉まるように出来ています。

おそらく、今までのものとは違った何か特別な構造になっているのでしょう。スゴイです!

まさにストレスフリーの容器を含めた値段でこの価格なのであれば、かなりお得だと、私は思います。

極端な話、ハチミツなんて、まぁ言えばなくても困らないものなんですが、ちょっといいものがあると潤いも生まれるような気がして、しばらくはリピートしようなか、と思います。

【カナダ産純粋はちみつ】もあります。


それからヨーグルトにハチミツと共に乗せてる【チアシード】がこちら。

一生懸命食べてるチアシード

一時期の話題になった時ではなく、昨年末くらいに安く売っていたのを見つけて買ったもです。

食べ方がよくわからなくてしばらく放置していましたが、食べないのはさすがにもったいないので少しずつヨーグルトと一緒にいただいています。

先日、100円ショップでこのチアシードを入れて使うのにピッタリだと思う容器を見つけて、思わず買いそうになりました。

あ、でも…と買うのを思いとどまったのは、このチアシード1袋を食べ終わったとしても、またチアシードを買うかどうか、食べ続けるかどうか、今ははっきりとわからないからです。

チアシードって、本当に体にいいのでしょうかね?

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段取りと取捨選択

50歳を過ぎて、最近特に思うのは「急ぐ・焦る・慌てる」は百害あって一利なしということです。

何か急いで家事をやろうと思って、家具の角に足をぶつけるとか、慌ててご飯の支度をしてて、火傷したり刃物で指先を傷つけたり。

先日もちょっと慌てて、無造作に皮を剝くピーラーをシンクの上のS字フックに引っかけようとしました。

刃の部分を上に掛ければよかったものを、急いでて何も考えず刃の方を手に持って、持ち手の方をS字フックに引っかけようとした途端、持ってた指を刃に引っかけて切ってしまいました。

時間がないと思って慌てて、急いで夕飯の支度をしていたのに、傷口を洗ったり、絆創膏を貼ったり、その上、傷口が痛いし作業もしづらく、全く何やってるんだか…

慌てるとホント、ろくなことはありません。しかも、若い時と違って一歩間違えばケガ、大けがに繋がります。

かつて、【忙しい】の【忙】という漢字は【心を亡くす】と聞きました。

同じように【慌てる】の【慌】という字は【心を荒げる】ですね。

慌てると自分の心を平常に持てません。イライラしたり他人に八つ当たりしたりする一因にもなります。

慌てて階段を駆け上ったり電車に飛び乗ったりするのは、転ぶ危険性もあるし、なんといっても恰好悪いものです。

慌てて自分の心を荒げて必死になってる形相を想像すると、そういった姿は他人には見られたくないし、そういうことがないように常に段取りをしておきたいな~って。

まぁ、そうは言っても急いでやらないといけないこともあるだろうし、不可抗力な事態もあるけれど、一旦冷静になって「やるべきこと」と「やらなくていいこと」を見極めて、できるだけ急がず、焦らず、慌てないで行動できるような、大人らしい大人を目指したいと思います。

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【定年後の暮らし】は別世界ではなく、今日の延長線上にある

定年バカ (SB新書)
勢古 浩爾
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数々の「定年に向けて書かれた指南書」をことごとく扱き下ろし、痛快です!

目次からして叩き切ってます!

  • 第1章 定年バカに惑わされるな
  • 第2章 お金に焦るバカ
  • 第3章 生きがいバカ
  • 第4章 健康バカ
  • 第5章 社交バカ
  • 第6章 定年不安バカ
  • 第7章 未練バカ
  • 第8章 終活バカ
  • 第9章 人生を全うするだけ

筆者は男性なので、女性の定年や、妻の立場から見た夫の定年とは違ったものとなるのでしょうが、全体を通して筆者が言いたいことは、「定年後の暮らしは、ハウツー本に書かれているようにはうまくいかない・いくわけがない」ということでしょう。

”ずっと仕事を続けるべし”という人もいれば”地域社会に貢献しよう”という考えがあってもいい。でも他人にそれを押しつけてはいけない」と。

生き方は人それぞれ。だから生き方や定年後の暮らし方に正解なんてものはない、ということで、正解があるとすれば「なるようにしかならない、ということを肝に銘じておく」ということでしょうか。

毎日会社勤めをしている人が定年を迎えれば「さ、明日からは毎日日曜日だぁ~」ということなのでしょうが、だからと言って全くの別世界に移るわけでなく、1日1日をそれまでと同じように生きていくしかないのです。

私なんか「今度に休みの日にはアレとコレをやって、できればアレも片付けたいな~」なんて思いながら、結局何も手を付けられなかった…なんてこともしょっちゅうです。

だから定年して毎日が休みになったら…と壮大な計画を立てても、自分の身の程に合っていなかったら実現は不可能かもしれないんです。

定年後の暮らしも、老後の暮らしも全ては今、今日の暮らしの延長でしかないんだな、って思います。

今日が充実してなければ明日だって来年だってずっとずっと先も充実させっこないのです。

あ、でもこの本によれば「充実させてなくてもいい」のですけどね。

人それぞれです。生き方なんて。

自分は自分だ、と腹を括ればなんとか生きていけるのかも。

逆に、「こうじゃなきゃいけない」とか「周りのみんながやってるから」とアレコレ情報に惑わされると、思わぬことに足を引っ張られる危険がありそうです。

例えば【退職金で投資を始める】とか【終活セミナー】なんて、お金を捨てるようなものです。

老後の資金よりも目の前の子どもたちの学費を優先している今、多くの不安もありましたが、この本を読んで少し気が楽になりました。

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お互いフィフティ・フィフティが心地いい

心地よい友人関係

若い頃は「友達の数が多ければ多いほど安心」とか、「あちこちの友人からお誘いの声がかかること」が自分の存在感のひとつと思ったりしたこともありました。

ママ友同士でも、「誰が誰を誘って、誰それが誘われていない!」なんてゴタゴタがありましたね~。

誘われてないのが自分だったら、かなり気に病んだりして…。

今だったら「誘われなくてよかった~お金と時間をムダにしなくて済んだわ。」なんて思っちゃう(笑)。

50歳を過ぎて最近特に思うのは、前もって予定を組んで一緒に数時間を共に過ごす人は、心地いい人が一番、ということです。

私にとって一緒にいて心地いい友人とは、一方が喋るだけでなく、およそ半々で喋ることができる人。

お互い、愚痴も言うけど「今、こうやって楽しくお喋りできているだけでも幸せだよね。」と最後は前向きな気持ちになれる人。

お互いに話したいことを思う存分話すことができて、相手の話をきちんと聴いて、時に間違いを正してくれたり叱ってくれたり、アドバイスもしてくれる。

そんな友人が一人でもいれば十分だな、と思うようになりました。

一方、「今度ゆっくり会おうね。」と口先では言ってみたものの、なかなか実際に会う段取りをしないでいる友人もいます。

なんですかね、乗り気がしないのです。

特に、子どもを通してお付き合いを始めたママ友は、なんとなく続いていても子どもたちも既に大学生や社会人。

かつては受験や部活などのことで情報交換が貴重で、忙しい中でもお互いの都合を調整して会ってたこともありましたが、最近は共通の話題も少なくなりました。

それでも一緒にいてフィフティ・フィフティの関係でいられるのなら積極的にもなるのですが、なんだか私自身の中で越えないといけないハードルが年々高くなってきているように感じています。

自分の話を延々と話す人は苦手です。

なにかにつけて自分の仕事の話をすぐに入れてくる人もかなり苦手。「パートの私にこんなに難しい仕事を押し付けてくるのよ、困っちゃう。疲れちゃう。その仕事ってのはね…」って。知らんがな!

自慢話や愚痴もあっていいとは思うけれど、あくまでもフィフティ・フィフティでなくてはね。

聴いてもらったら聴いてあげる。

自慢話や愚痴ばかり喋らない。

長くいい関係でいるために、私も気をつけるように心がけたいと思います。

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東日本大震災を思い出す

電気を大切に使おう!

9月に入ってから続いて日本列島を襲った自然災害。関西地方でも未だに停電している地域もあるそうですし、北海道では計画停電も含めた切迫した電力状況の下で、不便不自由な暮らしを強いられている方々に胸を痛めます。

昨夜のテレビニュースでは、なるべく電気を使わないよう、売り場の照明を何割か落とした薄暗い中で営業している北海道のスーパーの様子が映し出されていました。

私はそれを見て、7年半前の東日本大震災の頃のことを思い出し、そして深く反省しました。

あの時、ここ関東地方も計画停電が実施され、不便を経験し、電気のありがたさを痛感したハズでした。

家でも職場でも、常に電気に気をつかい、こまめに家電の電源を切ったり、照明も少し暗くしたりしました。

職場のトイレの手を乾かすハンドドライヤーも、「節電のため使用できません」という張り紙をして2、3年は電源を入れずにいました。

それなのに、いつしか電力のことを忘れ、いや、忘れたわけではないのかもしれませんが、復興が進むこと=電力も十分回復すること、と勝手にとらえて、じゃんじゃん電気を使う以前の暮らしに戻ってしまっていました。

でも、なんとなくわかります。いつまでも「節電節電」と言っていると、なんだか震災から全然復興していっていないような、電気を今で通り普通に使えてこそ復興だ、なんて勝手な公式が頭の中に出来上がってしまていたような気もするのです。

けれど、やっぱり今回の北海道の様子を知って、「喉元過ぎればなんとやら…」で、電気が貴重だったことを忘れてしまっていたことにハタと気づかされました。

先ほどの職場のエアジェットも、今は電源を入れて使っています。いつだったかな…「もう十分電力は足りているのだから電源入れてください。」みたいな要望があって入れたのです。

でも、2、3年間使えなくてもやってこられたのだから、ハンドドライヤーなんて無くたっていいのに…と思いましたが。

身の回りの多少の不便を構わず節電していた頃のことを、人間はいとも簡単に忘れてしまいます。

でもこういうことは忘れちゃいけない。忘れてしまったとしても振り返って思い出さなければ。

そしてできることなら、関東や東北など本州の電力を北海道へもう少し分けてあげられたら、と思います。

どうか、被災された方々が1日でも早く元の生活に戻れますよう、心から願います。

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